『お祝い』/ラックシステム



 『お祝い』の再演にあたって―
                                   わかぎゑふ

 去年、この芝居を書くことになったとき、まわりの男どもはやんわりと拒絶した。
 「生理用品」 を開発した男たちの物語?冗談やないで。 なんでそんなもん芝居にせなあかんねん。 ―という感じだった。
 もっと劇的なことは世の中にいっぱいあるやろう という風だったのだ。確かにそうだ。 わざわざ生理用品を舞台にあげなくても、もっと絵になる素材は山ほどある。 しかし、私は 『お祝い』 から思いつく、もっとも、そこから遠い男の物語が書きたかった。
 だれもお祝いしないようなことを、祝いたかったのだ。

 ラックシステムは私の作ったユニットだ。 先にタイトルが決まる。 去年は 『お祝い』。いつも頭に 「お」 のつく言葉が選ばれて、それをどう料理するか決めていくスタイルだ。 『お花見』 『お正月』 『お見合』 『お祝い』と今まで、それぞれに違った世界観のある 「お」 の物語を書いてきた。
 稽古は役者たちにハコ書きの段階で、その内容を教え、言葉を提供してもらう。要するに設定を与えてエチュード形式に芝居をしてもらったり、実際に経験してもらうのだ。
 『お祝い』 の時は男女に分けて稽古をした。男と女じゃ 「生理用品」 とらえ方があまりにも違っているからだ。で、男優には3日間、「生理用品」 を着用してもらった。
 反応はマチマチだったが、彼らにもそれを毎月、毎回処理しなくてはならない女の気持ちが少しは伝わったのか、急に 「生理用品」 に対して敬意をはらうようになったのが面白かった。女優連中には 「初潮のきた日」 を語ってもらった。

 そうやって、ラックの芝居は手作りで作っていく。ユニットなのに劇団のように統一観念をもつところから始まるわけだ。いや、ユニットだからこそ全員で作るようにしている。 『お正月』 の時は全員におせち料理を作ってもらったし、『お見合』 の時は、キャスト全員に知らない人とデートしてきてもらった。芝居の中にでてくるたった一言の台詞のために、一日を使うという仰々しい稽古を経て、自然な演技が引き出せたらという思いからだ。

 そんな手作りの和菓子屋みたいなことをしてるから、再演できるとなるとやはり、嬉しいという一言に尽きてしまう。

 『お祝い』には、いろんな要素があった。書いた側から言わせてもらえれば、ひそかに「偏見」というテーマで書いたのだが、いかに昇華させるかということが課題だった。
 主人公は船場のぼんぼん。この人は偏見のない素直な男だ。しかし、時代や職業、環境は偏見だらけ。それを彼がいかに闘うか、勝っていくかを、重くならずに明るく書きたかった。なによりも、彼が男と女の間にある薄くて大きな壁「生理」を打ち破るために誇りをもっているということも。

 それから大阪弁。 ラックの芝居はいつも大阪のある一家のお話し、という設定で構成されている。芝居の世界にとって、マイナーな関西弁を流暢に話すことが必修なのだ。大阪弁のボキャブラリーの多さと、軽妙さがないと、特に 『お祝い』 のような重くなりがちな芝居は成功しなかっただろう。

 そのうえに、今回は事実があった。本当に生理用品を開発した男たちの歴史がある。何十年か前には、ナプキンの開発のために女子トイレに籠城して調べていた人や、感覚をつかむために生理用品をつれていた男たちがいたのである。よく 「ホンダ技研の男たち」 とか 「ソニーの営業マン」 なんてテレビでやってるが、ナプキン会社の男たちなんて取り上げることはない。 だが、彼らの存在がなかったら、私たち女は今も明治時代と変わらない処置をして過ごしていたかもしれないのである。
 彼らの仕事にも敬意を表したかった。
 
 前回、芝居が終わったあとで試供品のナプキンを提供してもらい、配ったのだが、その提供先の会社P&Gさんの担当の方も 「新入社員の時にナプキンの部署に配属が決まって、ブルーになった。」 と教えてくれた。今でも、小さな恥じらいと偏見が残っている証拠だ。 しかし、彼女たちの 「ナプキンを表に出してくれて嬉しい」 と言ってくれた顔も忘れられない。
 いろんな意味で 『お祝い』 は思い入れの多い作品になった。

 再演できる喜びに溺れないように、心を引き締めて前回よりもいい舞台にしたいと思う。
 全ての人に 「お祝い」 してもらえるように。
 5月25日〜30日まで 下北沢ザ・スズナリにて
  →公演日程・時間

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