世田谷文学館コレクション展
「人生の岐路に立つあなたへ」

 
 
会場風景 

 世田谷文学館で今開催されている「人生の岐路に立つあなたへ」と冠したコレクション展は、 結婚、住まい、仕事、趣味、リスクをテーマに、作家たちがそれぞれ岐路に立ったときどのような選択をしてきたか、どのような言葉を残してきたのかを紹介する内容となっている。

「私は子どもの頃から虫ケラ以下だと決めつけていたが…」---萩原葉子

 こじんまりとした展示ではあるものの、芥川龍之介と齋藤茂吉、正岡子規と佐藤紅緑が交わしたという実際の書簡や、石川達三が趣味で描いたという水彩画、その収蔵作品の幅の広さを感じさせる。
 一通りみてまわりながらふと気づいたことがあった。この展示は鑑賞者の現在の興味や関心の強さによって、印象に残る作品、心にひっかかるテーマが異ってくるということだ。
 私の場合、鑑賞前は「仕事」のテーマでどのような作品が紹介されているのかという心持だったのだが、実際にみてみると最も引きつけられたのは「趣味」だった。驚いたのは、多くの作家たちが持ち分の作品と同じくらい、趣味に対して想いを注いでいたということだった。
 遺作となった『明暗』を執筆中の夏目漱石は、午前中に小説を書き、午後は気晴らしのため趣味で漢詩を書くことで、また、親友の画家・津田清楓にあてた書簡に「私は生涯に一枚でいいから人が見てありがたい心持のする絵を描いてみたい」と書いていた、といい、精神バランスをとっていたようだ。 普段の思考を止めて横に置いておいたり、回路を変えたりしたいという思いもある。
 横溝正史は『真言秘密の自分の趣味』のなかで、「編物をしていると憂いも辛いも忘れてしまう。 何故ならば、自分程度のヘタな編み手では、うっかり他の事を考えていると目をとばしたり、編みそこなったりする」といい、夢中になって他のことを考えないで済む手仕事や趣味といったものは、大事な気分転換法であったようである。
 漱石や横溝くらいの大文豪でさえ、そうした時間が必要だったのだ。

 強烈な印象を受けたのは、萩原朔太郎の娘、萩原葉子の言葉の数々。 彼女は幼少期に親族に虐げられたことから対人恐怖症となっていたそうで、「私は子どもの頃から自分はダメだ。虫ケラ以下だと決めつけていた(『蝶になる』)」が、小説を書き始めサナギヘ、ダンスを習い始め蝶へと、芸術や趣味を通して自分が少しずつ成長し自信をもてるようになった。 小説を書くこと、ダンスを習うこと、いずれも大人になって、年を経てから始めたことで、周囲からはかなり反対や揶揄の声があがったけれども、それらとの出会いがなければ自分は死んでいた、「出発に年齢は無い」と、次のように綴っている。
--日本人の悪い癖は、「年のくせに」「何故もっと早くしなかった」と遅い出発を否定する。(略) 「今から小説書くのは遅い」と反対され、「中年のダンスなんか気が知れない」と笑われ「何のためにオブジェなんか」と白い眼でみられた。 世間の人の言葉に負けていたならば、今頃私はどうなっていただろう。 多分死んでいたと思う。 仕事が無く無気力に陥ってしまい、ダンスも止めては病気ばかりで、ましてオブジェなど作る気力や体力もない。 出発こそ生き甲斐ある人生の第一歩なのである。(『出発に年齢は無い』)--
 まだまだ女性は家庭に入ることが当たり前だった時代、仕事に、趣味にと外へ出向いていった彼女の周囲の、その否定の言葉を押し退ける意志の強さと、それを実現させ人間の成長を助けるエネルギーの源「芸術」には、心を強く揺さぶられる。

 いま何かぱっとしない、もやもやとした思いを抱えている、どうしたらいいか迷っている方。 展示会が、「一編の詩や小説が、時に人生を変えるほどの力を持つことがあります」という展示紹介文のような出会いとなって、数々の言葉からヒントが得られるかもしれない。
                                             (鑑賞記、たぶち)
 
会 期 ~2014年10月5日 (日)
休館日 月曜日(ただし祝日の場合は開館し、翌日休館)
開館時間 10時~18時((展覧会入場、ミュージアムショップは17:30まで)
会 場 世田谷文学館1階展示室(世田谷区南烏山1-10-10)
アクセス ▼J京王線芦花公園駅南口から徒歩5分 ▼小田急線千歳船橋駅から京王バス(歳23系統「千歳烏山駅」行)「芦花恒春園」下車徒歩5分
 展示構成 .仕事-信念を持って筆をとる!
正岡子規と芥川龍之介の手紙から、彼らの仕事への向き合い方を見てゆきます。
・結婚-書いた、恋した、生きた
宇野千代と佐藤愛子。波乱に満ちた結婚遍歴をもっ二人を自筆原稿などで紹介します
・趣味-もう一つの人生の可能性
夏日激石と漢詩、石川達三と絵画、萩原葉子とダンス。趣味によって「ワーク・ライフ・バランスjを保った作家たちを紹介します。
住まい-心安らぐ「居場所」を求めて
柳田園男、野上弥生子、寺山修司らの「家」との格闘、住まいへのこだわりなどを見てゆきます。
・リスク-堕ちること、それは生きること
山田風太郎の『戦中不戦日記』と坂口安吾の『堕落論』。戦争を生き抜いた二人の言葉から、危機を乗り越えるヒントを学びます。
観覧料
一般200円(160)、高校・大学生150円(120)、小中学生100円(80)、65歳以上、障害者100円(80)
*( )内は20名以上の団体料金
*土曜・日曜・祝日、夏休み期間中は中学生以下無料
*企画展チケットで観覧可能(企画展開催中のみ)
問合せ TEL:03-5374-9111  [ファックス]03-5374-9120

















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