「特集・戦後70年と作家たち」


 世田谷文学館は1995年に開館、この2015年で20周年を迎えた。第二次世界大戦終結から70年の節目でもある。同館はこれまで世田谷にゆかりのある企業や人物の企画展・コレクション展を開催してきたが、現在開催中のコレクション展「特集・戦後70年と作家たち」を無作為に観覧してみた。

 まず「人は変わらない。そして、おそらく人間のひき起こすことも」という印象的な言葉を残した山田風太郎の日記たち。のちに『戦中派虫けら日記』という形で世に出される彼の日記のうち、はじめに紹介されているのはこんな一頁だった。
 「日記は魂の赤裸々な記録である。が、暗い魂は自分でも見つめたくない。日記を書いて置こうと思い立ったのも、この悦ばしく明るい魂のせいなのかもしれぬ。しかし、嘘はつくまい。嘘の日記は総て無意味である」。自分で自分と向き合う、ごく私的なものとして書きつづり始めたのだという。

 日記内には戦争についての記述が否が応にもあらわれてくる。『戦中派虫けら日記』内、昭和十八年四月十九日の日記には「戦争は死を冒涜する。あまりに大量の死は、死の尊厳を人々から奪う。なるほど表向は、輝く戦死だの尊き犠牲だの讃えるけれど、人々の心は、死に馴れてその真の恐怖と荘厳とを解しない」とある。多くの命を簡単に奪っていく戦争への非難、そしてそれに対しどこか麻痺していく世についての風太郎の思いを綴ったこの一節である。
 これには「現代の社会にも重なる部分がある」と、毎日のようにどこかしらで起こる電車の人身事故を思い起こす。「そのとき」、背景にあるはずの“人の死”が、電車遅延何分という数字だけで捉えられ、ある人は苛立ち、ある人は迷惑がる。事実のむこうにある出来事への想像力の弱さと、あまりに頻発しすぎて、どこか当たり前の、いつものこととなっていく風潮。それに対する憤りのようなものをやはり感じていて、「人の死への慣れ」に警鐘を鳴らすこの言葉に引きつけられ自ずと共感した。

 風太郎が出くわしたエピソードに、こちらも彼と同じくドキリとするものがあった。
 夜中に爆撃のあった本郷へやって来た風太郎。まちのあらゆるものが灰と煙とに化している。罹災者へしか販売がなく切符を購入できないと途方に暮れていた水道橋の駅で、焦げた手ぬぐいを頬かむりした女二人を目にする。ぼんやりと路地に腰をおろす彼女たちに、風に吹かれた砂ぼこりがかかる。と、「そのとき、女の一人がふと蒼空を仰いで『ねえ、…また、きっといいこともあるよ……』と呟いたのが聞こえた。自分の心をその一瞬、電流のようなものが流れ過ぎた」。『戦中派不戦日記』、昭和二十年三月十日の日記だ。
 そう、東京大空襲である。彼の運ぶペンとともにたちまちイメージが立ち上り、女のこぼした言葉に、そのとき風太郎が感じた「電流のようなもの」と同じハッとする瞬間が、私たちにも降りかかってくる。
 東京大空襲の翌日、焼け野原となったまちのなかで、別の町へ運んでくれるすべもなく途方にくれ非力に見える女が、それでもなお「またきっといいことがある」と、鼓舞のためか自分を奮い立たせるためか、単にそう信じないとやっていけなかったか、とにかく前を向いて歩もうという発言。それを耳にしての驚きや、ひとが生きようとする意志の力強さを確信した感覚、また、かえって戦争を憎く恨めしく思う気持ちとがないまぜになった、瞬間的な思い…。全身にひやっと血が回るときのような感じ…「電流のようなもの」である。
 そうしてまた改めて、「人は変わらない。そして、おそらく人間のひき起こすことも。」という彼の言葉が頭の中に響くのだった。

 ほかに紹介されていたのは、森鴎外の娘小堀杏奴、椎名麟三、梅崎春生。斎藤茂吉に、永井荷風、横溝正史と、どれも名を馳せた文豪ばかり。とりわけ印象的だったのは、「一、ふかくこの生を愛すべし 一、かへりみて己を知るべし 一、学芸を以て性を養ふべし 一、日日新面目あるべし」としたためられた学規である。これは、のちに映画監督として活躍する小林正樹が大学卒業・入隊を控え、恩師である會津八一から贈られたものだ。「戦争」という歴史の渦中にいた人たちから紡がれる言葉には、深く考えさせられるものがある。
 
                                (たぶち)
 
会 期 ~2015年9月27日 (日)
休館日 月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日休館)
開館時間 午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
会 場 世田谷文学館(世田谷区南烏山1-10-10)
アクセス

京王線「芦花公園」駅南口より徒歩小田急線「千歳船橋」駅より京王バス(千歳烏山駅行き)乗車「芦花恒春園」下車徒歩

入館料
▼一般=200(160)円 高校・大学生=150(120)円 小・中学生=100(80)円     65歳以上=100(80)円 障害者=100(80)円
  ※( )内は20名以上の団体料金。 ※土曜・日曜・祝日は、中学生以下無料
問合せ TEL.03-5374-9111 FAX.03-5374-9120

















『マイソフトニュース』を他のメディア(雑誌等)にご案内下さる節は、当社までご連絡願います。
Copyright(c)1999-2015 Mysoft co. ltd. All Rights Reserved.